読了時間: 約8分 / 対象: LT走・閾値走に取り組んでいる初〜中級ランナー
2016年と2017年に「閾値とは何か」というテーマで2本の記事を書きました。
当時は当時の情報を元に「このブログでの用語定義を整理する」という位置づけで書いたものです。
約10年が経ち、この分野の標準的な用語整理が変化した部分があります。当時の理解として間違っていた点、現在の知見で補足が必要な点を正直に認めながら、改めて2026年版の定義として整理し直したいと思います。
なぜ「閾値」の用語はこんなに混乱するのか
AeT、AnT、LT、OBLA、VT……。
「閾値」をテーマにした記事や書籍を読むと、これだけ多くの用語が出てきます。しかも使う人によって指している意味が違う。
たとえば「LT値」という言葉ひとつ取っても、AeT(有酸素閾値)と同義で使っている人もいれば、AnT(無酸素閾値)と同義で使っている人もいる。調べれば調べるほど混乱してくる、というのは2016年当時も今も変わっていません。
この混乱が生まれる根本的な理由は、「同じ生理学的現象に対して、異なる研究者・コーチ・文化圏がそれぞれ別の名前をつけてきた歴史」があるからです。
2016〜2017年時点での自分の整理と、今振り返ると補足が必要な点
当時の記事では以下のように整理していました。
| 用語 | 当時の定義 |
|---|---|
| AeT | 血中乳酸値が2mmol/L付近に達するポイント。フルマラソンの適正ペースの目安 |
| AnT/LT | 有酸素から無酸素運動への転換点。概念的なもの |
| OBLA | 血中乳酸値が4mmol/Lに達するポイント。LT≒AnT≒OBLAとして扱う |
この整理は当時の情報源(RunnersConnect、Joe Friel、横浜市スポーツ医科学センターの測定)に基づいており、当時のざっくりとした理解として間違ってはいなかったと思います。
ただし2点、今の知見から補足が必要です。
①4mmol/Lを目安値として扱った点
当時のOBLA(Onset of Blood Lactate Accumulation:血中乳酸蓄積開始点)の定義(4mmol/L)に基づいた正確な記述でした。
ただし現在の研究では4mmol/Lはあくまで「集団の平均的な目安」であり、個人差が非常に大きいことが明確になっています。エリートランナーではLT2が6〜7mmol/L付近に現れることもあり、逆に運動習慣のない人では2mmol/L台で現れることもあるそうです。
「4mmol/L固定」で考えると、個人によっては実際の閾値と大きくずれる可能性があります(Jamnick NA et al., Sports Medicine, 50(10):1729-1756, 2020)。
②「乳酸除去能力」という表現の統一
当時の閾値記事には「LT値を上げる=乳酸除去能力の強化」という表現が残っていましたが、
これは後の乳酸の記事で「除去というより再利用」と自ら修正していました。今回この表現を統一します。
現在の標準的な理解:LT1とLT2で整理する
現在の運動生理学では、LT1(第一乳酸閾値)とLT2(第二乳酸閾値)という2つの閾値で整理するのが標準のようです(Jamnick NA et al., Sports Medicine, 2020)。
LT1(第一乳酸閾値)とは
血中乳酸濃度がベースラインから上昇し始めるポイントです。
運動強度が低い状態では、筋肉で産生された乳酸は速やかに再利用されるため血中乳酸濃度はほぼ一定に保たれます。LT1はこの「産生と再利用が釣り合っている上限」に相当します。
旧AeTに相当する概念で、概ね2mmol/L付近が目安とされてきましたが、個人差が大きく固定値として扱うべきではありません。
マラソンとの関係でいうと、LT1以下の強度で走れている状態は「乳酸が安定して処理されている持続可能なペース」を意味します。フルマラソンの長い時間を走りきるために重要な閾値です。
LT2(第二乳酸閾値)とは
血中乳酸濃度が急増し始めるポイントです。
LT2を超えると乳酸の産生スピードが再利用を大きく上回り、血中乳酸が急速に蓄積していきます。「これ以上の強度では長時間継続できない」という上限に相当します。
旧AnT/LT/OBLAに相当する概念で、4mmol/L付近が目安とされてきましたが、こちらも個人差が大きい。
マラソンとの関係でいうと、LT2付近のペースは10km〜ハーフマラソンの強度に相当し、
このペースへの適応がスピード持久力の強化につながります。ダニエルズ博士のTペースも
このLT2付近として考えてよいでしょう。
旧用語との対照表
| 旧用語 | 現在の対応 | 目安となる乳酸値 |
|---|---|---|
| AeT(有酸素性作業閾値) | LT1 | 概ね2mmol/L(個人差大) |
| AnT(無酸素性作業閾値) | LT2 | 概ね4mmol/L(個人差大) |
| LT(乳酸性作業閾値) | 文脈によりLT1またはLT2 | — |
| OBLA | LT2に近い概念 | 4mmol/L(固定値として扱うには注意が必要) |
| VT1(第一換気性閾値) | LT1とほぼ対応 | — |
| VT2(第二換気性閾値) | LT2とほぼ対応 | — |
「LT」という言葉は今も文脈によってLT1を指したりLT2を指したりします。
混乱を避けるため、このブログでは今後LT1 / LT2で統一します。
横浜スポーツ医科学センターの測定を現在の理解で読み直す
2017年に横浜市スポーツ医科学センターで実際に血中乳酸を測定してきました。
そのときのレポートには「血中乳酸値が2mmol/Lを維持できるペースがフルマラソンの最適ペース」という記載がありました。
現在の理解で読み直すと、これはLT1の考え方と整合しています。「LT1(乳酸が安定して処理できる上限)付近のペース=フルマラソンの持続可能強度」という考え方は今も有効です。
4mmol/LをLT値(LT2)の目安として扱った点も、当時の標準に基づいており間違いではありませんでした。現在の観点での補足は「個人差があるため、この数値はあくまで目安」という点のみです。
マラソンにとってLT1とLT2はそれぞれ何を意味するか
LT1とLT2、どちらを鍛えればいいのでしょうか。
フルマラソンの観点では両方が重要で、役割が異なります。
LT1の向上
乳酸が安定して処理できる上限ペースが上がる、ということです。同じペースで走っても乳酸の蓄積が少なくなり、長い距離を脂肪をエネルギー源として使いながら走れるようになる。マラソン後半の失速を防ぐ基盤です。
LT2の向上
乳酸が急増し始めるペースが上がる、ということです。速いペースを維持できる時間が長くなり、
マラソンのレースペースそのものを引き上げる効果があります。
現在の自分のペースゾーンで当てはめると以下のようになります。
| ゾーン | ペース | 心拍目安 | 位置づけ |
|---|---|---|---|
| T(閾値走) | 4:20〜4:25/km | 160bpm前後 | LT2付近 |
| M(マラソンペース走) | 4:48〜4:55/km | 140〜150bpm | LT1〜LT2の間 |
| E(イージー走) | 5:20〜5:40/km | 120〜135bpm | LT1以下 |
※ このペースゾーンは現在の走力に基づくもので、適宜更新します。
このブログでの用語定義(2026年版)
2016年の記事から10年、このブログでの閾値用語の定義を以下のように更新します。
LT1:血中乳酸がベースラインから上昇し始めるポイント(旧AeT相当)。概ね2mmol/L付近が目安だが個人差が大きい。フルマラソンの持続可能強度の上限として重要。
LT2:血中乳酸が急増し始めるポイント(旧AnT/LT/OBLA相当)。概ね4mmol/L付近が目安だが個人差が大きい。ダニエルズのTペース≒LT2付近として扱う。
「閾値走」と言えばLT2付近での練習(T走)を指すことが多いですが、LT1付近でのM走・E走もフルマラソンの基盤づくりとして同様に重要です。
実践:2種類の閾値走の使い分け
当時の記事で「2種類の閾値走を使い分ける」という結論を出しましたが、これは現在の理解でも変わりません。
LT2付近のT走(閾値走)
目的:LT2を引き上げ、乳酸が急増するペースを上げる
設定:「1時間程度維持できる最大ペース」(ダニエルズ定義)
効果:スピード持久力の強化。10km〜ハーフマラソンの強化に直結
LT1付近のM走・E走
目的:LT1を引き上げ、脂肪燃焼効率を高める
設定:マラソンペース〜それより少し遅いペース
効果:フルマラソン後半の失速防止。有酸素基盤の底上げ
過去の閾値走を2ヶ月間続けた実録ではT走の効果が数値として確認できているので、具体的な設定ペースや練習データと合わせてそちらも参照してみてください。
まとめ
- 閾値の用語混乱は2016年も今も変わらない構造的な問題
- 現在の標準はLT1(旧AeT相当)/LT2(旧AnT/LT相当)の2閾値モデル
- 4mmol/Lや2mmol/Lはあくまで目安。個人差が大きく固定値として扱わない
- 横浜スポーツ医科学センターの測定の枠組みは現在の知見とも整合していた
- フルマラソンにはLT1とLT2の両方の向上が必要で、役割が異なる
- このブログではLT1 / LT2の表記で統一する

