「練習の80%は低強度で走り、残り20%だけ高強度を入れる」という話を、ランニング系のメディアやSNSで見かけたことがあるかと思います。「80/20トレーニング」や「ポラライズドトレーニング」と呼ばれるアプローチです。
気になって自分の練習ログを掘り返し、6ヶ月分のデータで配分を計算してみました。思っていたより話がややこしくて、調べるほどに「80/20」という数字の意味が揺らいでいきました。
ポラライズドトレーニングはどこから来た話か
まず出所を確認しておきたいと思います。
「ポラライズドトレーニング(Polarized Training)」という概念を広めたのは、ノルウェーのスポーツ科学者ステファン・シーラー(Stephen Seiler)です。シーラーが2006年に発表した論文(Quantifying training intensity distribution in elite endurance athletes: is there evidence for an “optimal” distribution?)では、ノルウェーのジュニアクロスカントリースキー選手11名を対象に、約1ヶ月間(384回分)の練習を記録し、その強度を調査したものです。
その結果、セッションの約75%が低強度(LT1以下)、約8%が中強度(LT1〜LT2)、約17%が高強度(LT2以上)という分布が確認されました。

LT1/LT2については『閾値(LT1・LT2)とは何か?|混乱しがちな用語を2026年の標準的理解で整理する』もみてニャ
その後の2010年レビュー論文(What is best practice for training intensity and duration distribution in endurance athletes?)では、複数スポーツのエリートアスリートを横断的に整理し、「週10〜13回練習するナショナル・国際レベルのアスリートでは、セッションの約80%が低強度、約20%が高強度という分布に収束する傾向がある」とまとめています。いわゆる「80/20」の出どころはここです。(その後Matt Fitzgerald著の『80/20 Running』によってランニング界に持ち込まれたようです)
ただ一つ、読み始めてすぐ引っかかりました。これが実験ではなく「観察研究」だという点です。シーラー自身、2006年の論文に「これは実験研究ではない(this was not an experimental study)。二つの異なる強度配分を比較して、どちらがパフォーマンス向上に有効かは検証していない」と明記しています。エリートアスリートを観察したら80/20になっていた、という記録であって、「80/20にすれば速くなる」という処方箋ではない。まずここを押さえておく必要がありますね。
さらに同じ論文には「おそらく個人によってトレーニングへの反応には大きな差があり、ひとつの強度配分がすべてのアスリートにとって最適というわけではない(There is probably substantial individual variation in responsiveness to training so that no one distribution of training intensity is optimal for all athletes)」という一文もあります。
「80/20」の数字、何ベースで計算するかで全然変わる
出所を確認したところで実際に自分の練習を分析しようとしたのですが、最初につまずいたのが「何をどう数えるか」という問題でした。
シーラーの80/20は「セッション数ベース」です。距離でも時間でもなく、セッションの本数で割合を計算するやり方です。
では、Garminのゾーン時間(time-in-zone法)で同じデータを計算するとどうなるか。シーラー自身も2006年の論文でこの問題を取り上げていて、time-in-zone法ではゾーン1が91%・ゾーン3がわずか2.6%になるのに対し、session-goal法(セッション全体を主目的の強度ゾーンで分類)では75%と17%になったと報告しています。同じ選手の同じ練習で、計算方法次第で数字が3〜4倍も変わる。少し驚きました。

ここでいう「ゾーン」の考え方はいわゆる「ゾーン2トレーニング」におけるゾーンとは全く別ものなので気をつけるニャ
time-in-zone法では、インターバル前後のウォームアップやクールダウンを低強度として積算すると、高強度セッションの負荷が実態より大幅に過小評価されてしまいます。それがsession-goal法を採用した理由だと論文には記されていました。
さらに自分で計算しようとすると、もう一つ迷う点が出てきます。Eジョグのラストに流し100m×4本を入れる練習は、どのゾーンに分類すればいいか。セッション全体としてはほぼ低強度ですが、流しの瞬間はVO2max付近まで心拍が上がっています。「流しを含むEジョグ→ゾーン3」と分類すると過大評価になる。「ゾーン1のまま」だと神経筋刺激のある練習が低強度にまとめられてしまう。シーラーの研究はエリートスキー選手のセッションを測定したもので、「Eジョグのラストに流し数本」という練習形態はそもそも想定外の枠です。
5月の自分のログを確認すると、「流しを含むEジョグ」は6セッションありました。これをゾーン1のままにするとゾーン3は7/25本(28%)、ゾーン3扱いにすると13/25本(52%)になります。採用する分類によって数字が2倍近く変わるので、「80/20ができているかどうか」の判定が一意に決まらないわけです。
6ヶ月分のログで自分の配分を計算してみた
そういう前置きをしながら、2025年12月から2026年5月の6ヶ月分のログで集計してみました。Training Planを導入した12月から、板橋Cityマラソンを経て5月の現在までの推移です。
強度の分類はsession-goal法に近い形で整理しました。ゾーン1(低強度)はEジョグ・ロング走、ゾーン2(中強度)はM走・E+M走、ゾーン3(高強度)はT走・CV走・R走・レース。アップ/ダウンは独立セッションとしてカウントせず高強度セッションに付随するものとして扱い、流しはゾーン1のままとしています。
| 月 | 合計 | Z1 | Z2 | Z3 | Z1% | Z2% | Z3% |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2025-12 | 25本 | 25 | 0 | 0 | 100% | 0% | 0% |
| 2026-01 | 32本 | 27 | 5 | 0 | 84% | 16% | 0% |
| 2026-02 | 23本 | 19 | 1 | 3 | 83% | 4% | 13% |
| 2026-03 | 24本 | 19 | 2 | 3 | 79% | 8% | 13% |
| 2026-04 | 22本 | 15 | 2 | 5 | 68% | 9% | 23% |
| 2026-05 | 25本 | 17 | 1 | 7 | 68% | 4% | 28% |
12月はEジョグだけで高強度ゼロ、1月にM走を導入、2月からT走を追加、5月にCV走を入れ始めた、という経緯がそのまま数字に出ています。
シーラーの観察値(Z1=75%・Z2=8%・Z3=17%)と比べると、5月はZ3が28%と高強度に偏っていて、Z1が68%と低強度が少ない。セッション数ベースでは「80/20」どころか「68/28」になっていました。
ただ同じ5月を距離ベースで計算し直すと、Z1=74.5%・Z2=4.9%・Z3=20.6%となり、こちらはシーラーの基準にかなり近い数字になります。セッション数で見るとポラライズドトレーニング(PT)から外れているのに、距離で見るとPTの範囲に収まる。計算方法の違いがここでも顔を出しました。
なお「週5日走って、ポイント練習1日、残り4日はEジョグ・ロング」という今の練習構成は、セッション数ベースでちょうど1/5=20%がゾーン3になります。比率だけ見るとシーラーの観察値にかなり近い数字となります。
ただし、シーラーの研究対象は週10〜13回練習するエリートアスリートです。その中でゾーン3が17〜20%ということは、週2〜3回の高強度セッションが入っている計算になります。週5日・ポイント1回という今のやり方は比率こそ近くても、高強度の絶対回数が違う。「比率が同じなら刺激量も同じ」とはならないことは、頭に置いておきたいと思います。
数字より「原則」を見る方が大事かもしれない
こうして計算してみて、「80/20ができているかどうか」を判定しようとすること自体が少し的外れかもしれない、と思うようになりました。
シーラーの2010年論文には「未訓練・レクリエーション系のランナーでは、LT1に対応する強度の測定自体が難しい場合がある」という記述があります。乳酸値がごく低い運動強度からすでに上がり始めてしまうため、「低強度」の下限をどこに引くかが決まらない。「80%は低強度で走る」と言っても、ゾーン1の境界線自体が曖昧なままという問題があります。
「80/20」という数字に縛られるより、その背景にある原則の方が実用的だと感じています。低強度で有酸素系の基盤を積む。そこにポイント練習として高強度の刺激を入れる。中強度の「ブラックホール」に落ち込まないよう、練習の強弱をはっきりつける。この考え方はシーラーの観察とも整合しますし、自分の体感とも合っています。
12月に週5日のEジョグから始めて、T走・CV走と少しずつ高強度を加えていく過程で、同じペースでの心拍数、ピッチ、上下動比といった「タイムに直接出ない部分」に変化が出てきました。80/20の数字に合わせようとしてそうなったわけではなく、「ゆっくり走る日はとことんゆっくり、ポイントの日はきちんと追い込む」という感覚でやってきた結果です。
「80/20を守らないといけない」と身構えるより、「低強度でベースを積み、たまに高強度を入れる」という方向性を持てていれば、細かい数字は後からついてくるものかもしれません。少なくとも自分の6ヶ月のログはそう見えます。
シーラー自身の言葉で締めると、「おそらくすべてのアスリートにとって最適なひとつの強度配分は存在しない」ってことなんでしょうね。
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走るネコはそう思うニャ。数字を追いかけるより、脚の感覚を追いかける方が、たぶん正直ニャ。
