最近Xを見ていると、ゾーン2を意識して走ろうとしているランナーをよく見かけるようになりました。GarminやStravaのアプリにも「ゾーン2」という表示があり、なんとなく「スマートウォッチの示すゾーン2に収まる低強度で走ることが大事らしい」という雰囲気は広がっているようです。
久しくトレーニング的なものから離れていたこともあって、個人的には「ゾーン2トレーニング」という言葉をあまり聞いたことがなかったので調べてみたところ、使っている人の文脈によって指している強度が微妙に、いや正確にはかなり異なることが見えてきました。同じ言葉を使っていながら、実は別の強度を指しているケースが少なくありません。
この混乱は専門家の間でも認識されていて、2025年には14名のスポーツ科学者・コーチが集まって「ゾーン2トレーニングとは何か」の定義を統一しようとする論文(『What Is “Zone 2 Training”?: Experts’ Viewpoint on Definition, Training Methods, and Expected Adaptations』 Sitko et al., 2025, International Journal of Sports Physiology and Performance)まで出ているほどでした。
この記事では、「ゾーン2」という言葉が生まれた背景と、代表的な文脈ごとの定義の違いを整理してみます。
なぜ「ゾーン2」が話題になってきたのか
「ゾーン2」という概念がランニング界隈で広く語られるようになったのは、ここ数年のことだと思います。
調べてみると、スポーツ科学者で、タデイ・ポガチャル(ツール・ド・フランス2連覇のサイクリスト)のコーチでもあるイニゴ・サン・ミラン(Iñigo San Millán)と、医師・著述家のピーター・アティア(Peter Attia)によるポッドキャストが、どうやら火付け役として大きな役割を果たしたようです。
サン・ミランが「ゾーン2がミトコンドリア機能や脂肪燃焼能力を高める上限強度だ」と語るこのインタビューは、サイクリング界からランニング界へ、さらにはlongevity(健康長寿)に関心を持つ層へと拡散していきました。
もともとはサイクリストやトライアスリートの間で語られていた概念が、ランニングの文脈に持ち込まれたという背景があります。この「持ち込まれた」という経緯が、後述する混乱の一因にもなっています。
「ゾーン2」は文脈によって指す強度が違う
ここが本題です。「ゾーン2」という言葉が使われる文脈は、大きく3つに分かれます。
| 文脈 | ゾーン2の定義 | 体感の目安 |
|---|---|---|
| サン・ミラン定義(独自の6〜7ゾーン系) | 脂肪燃焼が最大になる強度の上限。血中乳酸がほぼ安定している範囲 | 会話できるが少し苦しい。鼻呼吸でギリギリ走れる程度 |
| セイラーの3ゾーン系(Seiler & Kjerland, 2006) | 「きつくなってきたな」と感じ始める強度から、インターバル手前まで。ダニエルズのMペース〜Tペース域に相当 | RPE(自覚的運動強度)で「ちょっときつい〜かなりきつい」の間(数値4〜7相当) |
| Garmin等5ゾーン系 | 最大心拍数の60〜70%(「220-年齢」で推定) | 人によって全然違う。多くの場合リカバリー寄りになりがち |
同じ「ゾーン2」でも、サン・ミランは「まだ余裕がある低強度の上限」、セイラーは「かなりきつい中強度域」、Garminは「年齢から機械的に弾いた数値」と、それぞれ全く異なる強度を指しています。
セイラー(Stephen Seiler)はノルウェー・アグデル大学教授で、エリートアスリートのトレーニング強度分布を研究した運動生理学者で「ポラライズドトレーニング(80/20ルールで、低強度か高強度に寄せたトレーニング)」の提唱者です。シーラーらは2006年の論文(Seiler & Kjerland, Scandinavian Journal of Medicine & Science in Sports, 2006)で、エリートのクロスカントリースキー選手を観察したところ、低強度(ゾーン1)に約75%、高強度インターバル(ゾーン3)に約17〜20%を費やし、この中間のZone 2はわずか約8%だったと報告しています。つまり「エリートアスリートほどこの中間域を使わない」という観察で、これがポラライズドトレーニングの観察的根拠になっています。
ダニエルズ理論を参考にしている人向けに整理すると、サン・ミランのゾーン2はEペースの上限寄り、シーラーのゾーン2はMペース〜Tペース域にそれぞれ相当します。同じ「ゾーン2」という表現なのに、それぞれ違う領域を指しているわけです。
ダニエルズ式で考えれば、流行りのサン・ミランのゾーン2は、「ああ、Eペース(上限寄り)のことで、有酸素系を鍛えるってことだよね」と特に新しい話ではないかと思います。
サン・ミラン定義の生理学的な根拠を整理する
SNSやYouTubeで語られる「ゾーン2」はほぼサン・ミラン定義を指していることが多いので、もう少し掘り下げておきます。
サン・ミランがポッドキャストで繰り返し強調しているのは、この強度帯が「脂肪をエネルギーとして最も効率よく使えて、かつ乳酸を燃料として処理し続けられる上限」だという点です。この強度を継続することで、エネルギーを作り出す細胞内の小器官(ミトコンドリア)の機能が高まり、脂肪燃焼力と乳酸処理能力が向上すると述べています。
血中乳酸の目安として、アティアとの対話の中では1.7〜1.9 mmol/L前後という数値が言及されています。ざっくり言うと「乳酸がまだ急増していない、安定した有酸素運動の上限あたり」で、これがLT1(第一乳酸閾値)の直下に相当します。なお一般的に「LT値」と呼ばれる乳酸閾値(LT2)とは別物、かつ数値は個人差があるものなので、この点注意が必要です。

LT1、LT2については『閾値(LT1・LT2)とは何か?|混乱しがちな用語を2026年の標準的理解で整理する』で詳しくまとめてるニャ
また、サン・ミランの理論は、ポッドキャストでは自身が
25年間のアスリートとの実績とアスリートでもあった自分のトレーニング経験に基づいて開発したもの
これは正しいとは言い切れないし、10年後には変わるかもしれない
と語っているという位置付けのものであることも留意が必要でしょう。
一般ランナーが「ゾーン2」を実践するときに確認しておきたいこと
Garminの「ゾーン2表示」がサン・ミラン定義とずれることがある
GarminのデフォルトはHRmaxの60〜70%でゾーン2を算出する仕組みです。ここで重要なのがHRmaxをどう設定しているかで、「220−年齢」という推定式は個人差が大きく、実際の最大心拍数とかなりずれることがあります。
自分のGarmin(Forerunner 265)を確認してみたところ、最大心拍数は174bpmに設定されており、ゾーン2の上限は122bpmになっていました。(デフォルトの設定から自動的に調整がされていたものの、どうやら実際に最大心拍数を更新するぐらいの高強度トレーニングの記録がないと、なかなかこの自動設定も機能しないようです。)
一方、2025年12月の湘南国際マラソンでは182bpmを記録しており(買い替え前のGarmin)、設定値との間に8bpmの乖離があります。182bpmを実測値として計算し直すとゾーン2上限は127bpmとなりますが、「会話できるが少し苦しい・鼻呼吸でギリギリ走れる程度」というサン・ミランの感覚的目安と大きくは外れていないものの、まだまだ余裕がある低めの印象です。
XでもGarminのゾーン2を超えてしまうという声をよく見かけますが、HRmaxが実態より低く設定されているケースが多いのかもしれません。なので、Garmin等を使用する場合は実測値を手動で設定することをお勧めします。
HRmaxを正確に設定できていれば、Garminのゾーン2(60〜70%)はサン・ミランの定義に近づきますが、個人的な体感としてはそれでも若干低めで「ゾーン3(70〜80%)の中盤ぐらいまでなら別に良いのではないか?」と思って見ています。
実際、冒頭で触れた専門家達の論文(Sitko et al., 2025)でのコンセンサスとしても、ゾーン2は最大心拍数の約70〜80%とされているので、Garminで言うと正にゾーン3に相当します。そういう意味では、Garminの表示を目安にしている場合は「ゾーン3トレーニング」と言った方が分かりやすいのかもしれません。

「220−年齢」ってダメニャの?どうやって測ればいいのニャ?と思ったら『“220-年齢”の公式は正しくない理由|最大心拍数の実測方法』も見てニャ
Don’t think, feel! 感覚で確認する
サン・ミランやアティアの定義は血中乳酸濃度が基準です。アティア自身は乳酸を測定できるパッチを装着してトレーニングするほどのマニアですが、一般ランナーにそれは現実的ではありません。
実践的な目安として使えるのがトークテストと鼻呼吸テストです。「電話で話している相手に、運動していることはバレるが会話は続けられる」がトークテストの目安。鼻呼吸テストでは「鼻だけで呼吸できるが、口で吸いたくなる強度」が目安とされています。心拍数の値より感覚を信じる方が、乳酸測定なしの場合には近道かもしれません。
ランニングとサイクリングの違いにも注意
「ゾーン2」はもともとサイクリスト文脈で語られることが多い概念です。サイクリングでは長時間の低強度走行が比較的容易ですが、ランニングでは同じ心拍強度でも関節・筋肉への負荷がかなり大きく、長時間維持するには練習量の積み上げが必要になります。サイクリングの話をそのままランニングに持ち込む際は、体への負荷の違いを意識して時間や頻度を調整する必要があるでしょう。
どの定義を使っても、本質は変わらない
こうして見ると、同じ「ゾーン2」でも、指している強度にかなりの差があります。「ゾーン2を意識して走ろう」と思ったとき、あるいは誰かがゾーン2について語っているのを見かけたとき、どの文脈の話なのかを確認するのが出発点になります。
ただ、どの定義を採用するにしても、「「低強度で継続する時間を積み上げることで有酸素基盤が強くなる(遅筋の毛細血管が増える、遅筋のミトコンドリアが増える、脂質をエネルギーとして効率に使えるようになる)」という本質的な考え方は共通しています。細かい定義の違いより、「楽なペースで、継続できる時間を稼ぐ」という実践の方向性を大切にする方が、市民ランナーにとっては意味があるかもしれません。
自分に合ったゾーン設定を見つけるには、やはり自分の実測値(レースの心拍数や、どの強度までなら会話ができるか等)をもとに確認していくのが一番の近道だと思っています。

実はゾーンの分け方としては、他にも色々方式があるのニャ!
7つの方式をまとめた『心拍数と運動強度|どの方式が良いか?』もみてニャ!
