マラソン後半のガス欠を防ぐ|脂質代謝「能力」を練習で鍛えてグリコーゲンを節約する

A conceptual image featuring the words 'Burn Fat' on a blue plate, symbolizing weight loss. トレーニング

読了時間: 約7分 / 対象: タイム改善を目指すランナー

マラソン大会で30kmを過ぎたあたりから脚が動かなくなるといったことはマラソンあるあるかと思います。いわゆる「30kmの壁」です。

この壁の正体のひとつが、グリコーゲンの枯渇と言われています。グリコーゲンは筋肉や肝臓に蓄えられた糖質で、運動中のエネルギー源として真っ先に使われます。ところが貯蔵量には限界があって、一般的なマラソンランナーが持てる量はおよそ1,600〜2,000kcal程度。フルマラソンの完走に必要なエネルギーは2,500〜3,000kcalを超えるとも言われるので、どこかで底をつく計算です。

そこで注目されるのが脂質代謝、つまり脂肪をエネルギーとして使う能力です。脂肪の貯蔵量は体重70kgのランナーで数万kcalにのぼり、グリコーゲンとは桁が違います。脂肪をうまく使えれば、グリコーゲンの消費ペースを落とせる。そうすれば後半の失速を抑えられるかもしれない、というのがこの記事のテーマです。

ただし「脂質代謝を上げる=タイムが上がる」という単純な話ではありません。目的はあくまでグリコーゲンの節約です。そしてこの記事が扱うのは、レース当日の小手先ではなく、日々の練習で脂質代謝の「能力」そのものを底上げする方法です。ここを取り違えると、手段の評価を大きく間違えます。

なぜ後半にガス欠が起きるのか

走る速度が上がるほど、燃料として使われるものが脂肪から糖質へシフトします。マラソンペース(VO2maxの75〜85%程度)ではほぼ糖質が主役です。脂肪は同じエネルギーを生み出すのに時間がかかるため、高強度では間に合いません。

だから脂質代謝を高めても「マラソンを速く走れる」わけではなく、ある程度の速度域では糖質が必要で、それは変わりません。取り組む理由は節約です。脂肪をより多く使えれば、同じペースで走ったときのグリコーゲン消費を少し抑えられる、30km地点での残量が少し多ければ、失速のタイミングが遅くなる、という考えです。

自分の場合、もうひとつ動機があります。グリコーゲンが枯渇すると筋肉を動かす神経と筋繊維のユニット(MU)の疲弊が早まり、足の攣りにつながりやすくなるのではないか、という仮説を持っています。詳細は「マラソンで足がつる本当の原因」にまとめました。

「一時的に脂肪を燃やす」と「脂肪を燃やす能力が上がる」は別物

脂質代謝にまつわる手段は2種類に分かれます。

ひとつは、その場で脂肪の使われ方を一時的に変えるもの(急性効果)。カフェインがこれにあたります。もうひとつは、脂肪を燃やす能力そのものを底上げするもの(適応)。有酸素トレーニングの継続や空腹時トレーニングがこちらです。

後半のガス欠対策として本当に意味があるのは後者です。前者はその場限りで、体の能力は変えません。そしてよく誤解される点ですが、急性効果の手段(特にカフェイン)は、能力を鍛える目的にはほぼ役に立ちません。この区別を頭に置いて読んでみてください。

土台:有酸素トレーニングの継続が能力を底上げする

脂質代謝能力の土台は、有酸素トレーニングの積み重ねです。継続的なトレーニングによってミトコンドリアの密度が高まり、脂肪酸を筋肉に取り込む輸送タンパク質が増え、脂肪をエネルギーに変換する酵素の働きが上がります。

低〜中強度の持続走を4週間続けたグループで、運動中の脂肪酸化率が44%向上したという報告があります(Venables & Jeukendrup 2008)。同じカロリーをインターバル走でこなしたグループでは向上が見られませんでした。ただしこの研究の対象は座っていることが多い肥満男性8名で、すでに走り込んでいるランナーへの伸びしろは小さくなると考えられます。普段からトレーニングを積んでいる人が、どこまで伸びるかを直接調べたデータはほとんどありません。

とはいえ方向性は明確で、走行量を増やすことが結局いちばん確実な道です。「速く走るための練習」と「脂質代謝を鍛える練習」は同じ方を向いています。

有酸素トレーニングの考え方は「CVトレーニングの記事」も参考にしてみてください。

空腹時トレーニングが「増幅装置」になる理由

同じ練習をするなら、空腹時(=糖質が少ない状態)で走ることで脂質代謝の適応をより強く引き出せます。

空腹状態でトレーニングしたグループと、糖質を摂ってから行ったグループを6週間比較した研究があります(Van Proeyen et al. 2011)。空腹時グループでのみ、脂肪を燃やす酵素の活性が+30〜47%上昇し、脂肪酸化が最大になる強度も+21%高まりました(糖質グループは+6%)。なお、この研究の対象は健康な男性です。

仕組みとしては、糖質が少ない状態で運動するとエネルギー不足のシグナルが強くなり、筋肉が「脂肪を使う能力を増やせ」という適応を起こしやすくなる、と考えられています。もっとも、酵素活性が上がることとレースタイムが速くなることは別の話です。過信はしない、くらいのスタンスが妥当だと思います。

糖質が少ない状態はどう作るか

運動の45分前に糖質を摂るだけで、その後の運動中に使われる脂肪の量が約30%減るという研究があります(Achten & Jeukendrup 2003)。しかもこの影響は意外と長く続き、糖質摂取後6時間は脂肪酸化が抑制されやすいとされています(Achten & Jeukendrup 2004)。

だからシンプルなのは朝食前のジョグです。自分は週2〜3回を意識しています。強度はキロ6分台のEペースより少し遅め、会話できるかどうかのぎりぎりのペース(Fatmaxゾーン:トレーニングを積んだランナーでVO2maxの60〜65%付近)で20〜60分。眠いし空腹だし快適とは言えませんが、続けていると確かに体脂肪率は減っています(他のトレーニング効果もあるとは思いますが)。

ただし、レース本番では糖質補給が大前提です。ジェルを控えるといったことは本末転倒です。

LCHFは能力を最も上げるが、代償が大きい

低糖質・高脂肪(LCHF)ダイエットは脂肪酸化率を最も上げる手段ですが、マラソンへの応用は慎重に考える必要があります。

エリート競歩選手でLCHFグループと高糖質グループを比較した研究(Burke et al. 2017)では、LCHFグループは脂肪酸化率が著しく上昇したものの、タイムは改善せず、速くなったのは高糖質グループだけでした(6.6%改善)。再現試験でもLCHFグループは10,000mで2.3%有意に悪化しています(Burke et al. 2020)。脂肪は同じエネルギーを取り出すのに必要な酸素が糖質より多く、ペースを上げた瞬間に酸素が足りなくなりやすいためです。「脂肪を燃やす能力が上がる」ことと「速くなる」ことは、はっきり別です。

試すならリスクを理解した上で、少なくともレースシーズン中に突然始めるのは勧めません。

カフェインは「能力」を上げる手段ではない

「カフェインを摂ってから走ると脂肪が燃えやすくなる」といった話を聞いたことがある人もいるかと思います。自分も印象を持っており、朝走りに行く前にコーヒーを一杯飲むということが習慣になっています。これって本当なんだっけ?と改めて調べてみると、確かにカフェイン摂取によって、運動中の脂肪酸化率が上がるという報告がありました(Varillas-Delgado et al. 2023)。ただし、あくまでその場限りの急性効果で、続けることで脂肪を燃やす「能力」が上がるという話ではないので、マラソンのガス欠対策としての脂質代謝能力向上というよりかは、ダイエット目的として考えた方が良いかもしれません。

どこに時間をかけるか

手段評価一言
有酸素トレーニングの継続本命土台。走行量を増やすことが結局いちばん確実
空腹時トレーニング増幅装置同じ練習の適応を強める。朝食前ジョグで作れる
LCHF能力は最も上がるが諸刃運動経済性が落ちる。レース期に突然始めない
カフェイン能力向上には効かない急性効果のみ。ダイエット目的としては有効

脂質代謝の改善は地道な有酸素トレーニングの積み重ねに行き着きます。即効性のある魔法はなく、積み上げた先で得られるのは「速さ」ではなく「後半の粘り」、つまりグリコーゲンの節約です。

自分がこれにこだわるのは、後半の攣りを何とかしたいからです。グリコーゲン枯渇→筋肉を動かす神経と筋繊維のユニット(MU)の疲弊→攣り、というつながりはまだ仮説の域を出ませんが、理屈として筋が通っている限り続けていこうと思っています。


参考文献

  • Achten, J., & Jeukendrup, A.E. (2003). The effect of pre-exercise carbohydrate feedings on the intensity that elicits maximal fat oxidation. Journal of Sports Sciences, 21(12), 1017–1024. https://doi.org/10.1080/02640410310001641403
  • Achten, J., & Jeukendrup, A.E. (2004). Optimizing fat oxidation through exercise and diet. Nutrition, 20(7–8), 716–727. https://doi.org/10.1016/j.nut.2004.04.005
  • Van Proeyen, K., Szlufcik, K., Nielens, H., Ramaekers, M., & Hespel, P. (2011). Beneficial metabolic adaptations due to endurance exercise training in the fasted state. Journal of Applied Physiology, 110(1), 236–245. https://doi.org/10.1152/japplphysiol.00907.2010
  • Venables, M.C., & Jeukendrup, A.E. (2008). Endurance training and obesity: effect on substrate metabolism and insulin sensitivity. Medicine & Science in Sports & Exercise, 40(3), 495–502. https://doi.org/10.1249/MSS.0b013e31815f256f
  • Varillas-Delgado, D., Aguilar-Navarro, M., Muñoz, A., et al. (2023). Effect of 3 and 6 mg/kg of caffeine on fat oxidation during exercise in healthy active females. Biology of Sport, 40(3), 827–834. https://doi.org/10.5114/biolsport.2023.121321
  • Burke, L.M., et al. (2017). Low carbohydrate, high fat diet impairs exercise economy and negates the performance benefit from intensified training in elite race walkers. The Journal of Physiology, 595(9), 2785–2807. https://doi.org/10.1113/JP273230
  • Burke, L.M., et al. (2020). Crisis of confidence averted: Impairment of exercise economy and performance in elite race walkers by ketogenic low carbohydrate, high fat (LCHF) diet is reproducible. PLOS ONE, 15(6), e0234027. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0234027
タイトルとURLをコピーしました