「腕を振れ」の意味をバイオメカニクスの観点で調べてみた

調べてみた

読了時間: 約8分 / 対象: 「腕振れ!」と言われてもピンとこなかったランナー

「腕振って!」

コーチの指導やマラソンの沿道でと声をかけ等でこう言われたことってありませんか?

駅伝やマラソンの中継でも、解説者が「よく腕が振れていますね〜」とコメントするシーンも見かけたことがある人いるのではないでしょうか?

正直なところ、個人的はずっとピンときていなかったんですよね。

「腕と脚は連動しているから腕を振れば脚が動く」的な説明を聞くたびに、「本当にそうなの?」という疑問が頭をよぎっていたんです。

というわけで調べてみたら、この疑問はあながち見当外れではなかったようです。

この記事でわかること

  • 腕振りがランニングでどんな役割を果たしているのか
  • 「腕を振れば脚が動く」は本当に正しいのか
  • 安藤友香選手の「忍者走り」がなぜ成立するのか
  • 攣りそうなときに腕を振ると何かが変わる気がする、あの感覚の正体

「腕を振れば脚が動く」を調べてみた

「腕と脚は連動している、だから腕を振れば脚が動く」という説明を、指導の場で聞いたことがあります。

でも走っているときに、腕を振って脚が動いた感覚がどうにも持てなかったんですよね。直立した状態で腕を強く振ると確かに骨盤や脚がつられて動きます。でもそれって走っているときとは条件が違うんじゃないか、という感覚がずっとありました。

バイオメカニクス(生体力学)の研究を調べてみると、そもそも話の構造が逆だということがわかってきました。

脚が力強く動くと、体幹に「縦軸まわりのねじれ」が生じます。左脚が前に出れば右側に体がねじれようとする、あの動きです。腕はそのねじれを打ち消す「振り子」として機能しているのだそうです。

ハーバード大学などの研究チームがこの仕組みを検証した実験(Pontzer et al., 2009, Journal of Experimental Biology)では、10名の被験者にトレッドミルで歩行・走行させながら、腕の動きを3条件で比較しました。通常の腕振り、腕を胸の前で固定、肘への重り追加、という3パターンです。

その結果、「腕は肩の筋肉で能動的に動かされているのではなく、下半身の動きによって受動的に振られている」ということが確認されたとのことです。

つまり「腕を振るから脚が動く」ではなく、「脚が動くから腕が振られる」というのが研究の示す方向性なのだそうです。自分がずっと感じていた違和感は、あながち間違っていなかったようです。

腕振りの本当の役割

では腕振りには意味がないのかというと、そういうわけでもないんようです。

同じ研究で、腕を振らずに走ると肩や腰のねじれが大幅に増えることが確認されています。腕が使えない代わりに、体幹が必死にバランスを取ろうとして『しわ寄せ』が来ている状態です。

つまり腕振りの主な役割は「脚を動かすこと」ではなく、「脚の動きで生じる体幹のねじれを打ち消して安定させること」だということです。

旧記事「ランニングフォームを見直す〜脚に頼らない走り方」で引用した高岡尚司さんの「腕は振るのではなく振られる」という表現は、このバイオメカニクスの知見と一致しているんですよね。腹落ちした理由がわかった気がします。

能動的に振ることにも意味はある

ただし「完全に受動的に振られるだけでいい」とも言い切れないようで、ここは研究者の間でも議論があるみたいです。

最新の研究(2025年)によれば、受動的に振られるよりも意識して腕を振るほうが、全体のエネルギー消費を抑えられることが判明しているようです(Annals of Biomedical Engineering, 2025)。

ここが面白いところで、腕の筋肉が使うエネルギーは能動的腕振りの方が多いのに、全体のエネルギー消費は低くなった。なぜかというと、腕を能動的に振ることで体幹のねじれがより効率よく相殺され、体や足のムダなねじれを抑えるために使うエネルギーが減るからなのだそうです。

腕に少し投資することで、体幹・下肢の節約になる、というトレードオフの話ですね。

いずれにせよ、能動的腕振りの効果も「脚を動かす」ためではなく「体幹を安定させて全体の効率を上げる」ためという点では、方向性は一緒です。

安藤友香選手の「忍者走り」が示すもの

腕振りの話の実例として面白いのが、安藤友香選手のフォームです。

両腕をだらりと下げてほとんど振らない、いわゆる「忍者走り」。初マラソンで2時間21分36秒という当時の日本女子歴代4位のタイムを出したフォームです。「腕を大きく振ることが正解」という常識とは真逆に見えますが、これは体幹起点の走りが確立されていれば腕振りの大きさは本質ではないという考え方と整合しています。

このフォームを作った里内コーチはこう語っています(Number Web, 2017)。

基本的に自分は足も腕も『振り子』だと思っているので、重心部分がしっかりしていれば、どんな腕振りでも構わないと考えています。それが一番動きやすい動きであるならば、問題ないだろうと

安藤も清田も、腕を動かすことがブレーキになっていた。だからそれを外して走りの効率を上げた。その結果としてああいう腕振りになっただけで、腕振りだけを矯正したわけではない。基本的に足も腕も『振り子』だと思っているので、重心部分がしっかりしていればどんな腕振りでも構わない

「腕振れ!」という指導が一般的な中で、腕振りを意図的に小さくすることで国内トップクラスの走りを実現した例として、なんとも示唆に富んでいると思います。

体幹が起点として機能していれば、腕振りの大きさは結果であって原因ではない、ということなのかもしれません。

では「腕振れ!」には意味がないのか

「腕を振れば脚が動く」という因果は、バイオメカニクス的には成立しないことがわかりました。ただ「腕振れ!」という声援が完全に無意味かというと、そうとも言い切れないと思っています。

レース終盤で攣りの兆候が出たとき、腕振りを変えてみると疲労を感じる箇所が変わった経験が何度かあるんです。

これについては直接的なエビデンスは見当たりませんでした。ただEAMCは特定の筋肉への神経的な過負荷が積み重なって起きると考えられています。腕振りのパターンを変えることで姿勢や重心が微妙に変化し、それまで集中的に使われていた筋への負荷パターンが一時的に変わる、という可能性はあるのかもしれません。これはあくまで個人的な推測にすぎませんが。

攣りのメカニズムについてはマラソンで足がつる本当の原因で詳しく書いています。

「腕を振る」ではなく「腕を振られる」

調べてみて改めて思うのは、「腕は振るものではなく振られるもの」という感覚は、バイオメカニクス的にも理にかなっているということです。

体幹を起点に動けているとき、腕は自然にそのねじれを打ち消す方向に振られます。腕を大きく振ることを意識するより、体幹の安定と動きを整えることの方が本質に近いんじゃないかと、個人的には思っています。

「腕振れ!」と言われてピンとこなかった感覚は、あながち間違っていなかったようです。


※本記事の内容は一般的な情報提供を目的としたものです。個人差があります。ケガや身体の不調がある場合は、医療機関にご相談ください。

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