読了時間: 約8分 / 対象: 走る前のストレッチをなんとなく習慣でやっているランナー
走る前の準備運動としてのストレッチ。
ハムストリングを伸ばして、アキレス腱を伸ばして、ふくらはぎを伸ばして。なんとなく「体をほぐしてから走る」ものだと思っていたので、それが普通だと思っていました。
ある時期から「走る前の静的ストレッチはやらない方がいい」という話を耳にするようになって、今は動的ストレッチやドリル系に切り替えています。ただ正直なところ、「そう聞いたから」で変えただけで、本当にそうなのかはよくわかっていませんでした。
静的ストレッチは本当にNGなのか。動的ストレッチはなぜいいのか。調べてみたら、思っていたより話は単純じゃないことがわかりました。
この記事でわかること
- 静的ストレッチで体の中に何が起きているのか
- 「60秒」が一つの目安になる理由
- 動的ストレッチが推奨される根拠
- 走る前・途中・後で、ストレッチの目的がどう変わるのか
静的ストレッチと動的ストレッチ、何が違うのか
まず言葉の整理から入ります。
静的ストレッチは、筋肉を伸ばした状態で一定時間キープするもの。ハムストリングを伸ばしたまま30秒保持する、アキレス腱を壁に押し当てて伸ばす、といった動きがこれにあたります。
動的ストレッチは、体を動かしながら関節や筋肉を使うもの。脚を前後に振るレッグスイング、肩をゆっくり回す、腰をゆっくり回す、といったイメージの動きです。
「ストレッチ」と聞いて多くの人がまず思い浮かべるのは、静的ストレッチの方かと思います。自分もそうでした。
静的ストレッチで体の中に何が起きているのか
静的ストレッチをすると、体の中では何が起きているのでしょうか。
静的ストレッチをすると、筋肉と腱をあわせた組織が「やわらかくなりすぎる」状態が一時的に生じると考えられています。バネがへたったり、ゴムが伸びてしまうイメージです。
あわせて、脳から筋肉へ「力を出せ」という指令が届きにくくなる可能性も指摘されています。
この2つの変化が組み合わさって、「静的ストレッチの後は力が出にくくなる」という話につながっているようです。
「力が出にくくなる」は本当か?60秒という目安
100以上の研究をまとめた分析(Simic et al., 2013, Scandinavian Journal of Medicine & Science in Sports)では、静的ストレッチが筋力を平均5.4%低下させることが示されました。これが「走る前の静的ストレッチはNG」という話の根拠になっています。
ただし、これは条件付きの話です。
複数の研究(Simic 2013やBehm 2016など)をまとめると、パフォーマンスへの悪影響が出るかどうかの境界線は『1部位あたり45〜60秒』。この時間を超えて伸ばし続けると明確な筋力低下が見られますが、それ未満であれば影響はわずか1〜2%程度。実質、誤差の範囲とされています。
ここで少し立ち止まって考えてみましょう。日常的なストレッチルーティンで1か所を伸ばす時間って、10秒〜20秒、せいぜい30秒で、45秒〜60秒以上キープすることってありますか?
一般的な準備運動でのストレッチルーティンでは、研究で問題になっていた「長時間」の条件にそもそも達していないことがほとんどかと思います。
ランニングへの影響は「力が出にくくなる」とは別の話
さらに重要なのが、「筋力が少し下がる」と「ランニングに悪影響が出る」は別問題だという点です。
静的ストレッチがランニングエコノミー(同じペースで走るときの酸素消費量)にどう影響するかを15の研究・181名分のデータをまとめた分析(Warneke et al., 2025, Sports Medicine Open)では、静的ストレッチも動的ストレッチも、走りの効率への影響は統計的に有意ではないという結論が出ています。
さらに、8名の男性市民ランナーを対象にした実験(Faelli et al., 2021, International Journal of Environmental Research and Public Health)で、ジョグの後に5分間の静的または動的ストレッチを行い、その後に疲労困憊まで走るテストを実施したところ、ストレッチありのグループ双方で走りの効率が改善し、主観的な疲労感も下がったという結果が出ていることです。ストレッチなしのグループではこの改善が見られませんでした(ただし被験者が8名と少数のため、これはあくまでも参考として)。
こう見ると「静的ストレッチはやってはいけない」は、少なくともランニングへの影響という観点では、現時点の研究で支持されていないのではないかと思います。
正確に言うなら「1部位を60秒以上伸ばし続けるのは避けた方が無難かもしれない」が、研究の実態に近い表現ですかね。でも普通のルーティンでそこまでやる人は、あまりいないですよね。
動的ストレッチはなぜ良いとされているのか
では動的ストレッチが推奨されているのはなぜでしょうか。
静的ストレッチとの一番の違いは、体を動かすことで筋肉の温度が上がり、神経系の準備も同時に整う点にあるようです。筋肉は温まると動きやすくなりますし、動的な動きはその後の走りに近い神経のパターンを使うため、ランニングへの移行がスムーズになるとのことですが、これは感覚とも一致しており「そりゃそうだよね」という納得感はあります。
実際、市民ランナー12名を対象にした実験(Panascì et al., 2024, International Journal of Sports Physiology and Performance)では、動的ストレッチが走りの効率を改善し、疲労困憊までの走行距離と時間を延ばした一方、同条件の静的ストレッチでは有意な改善が見られなかったとのことです。
動的ストレッチを単独で扱った研究はまだ数が少ないみたいなのですが、「静的より動的の方が走りの準備としては良さそう」という方向性はあってそうですかね。
なお、Aスキップやポゴジャンプといったドリル系の動きは、動的ストレッチよりさらにランニングの神経パターンに近い動きです。ウォームアップとしての効果については、「流し」と「ドリル」はなぜ効くのかでも詳しく書いています。
ケガの予防になるのか
「ストレッチでケガを防げる」というイメージも根強いかと思いますが、意外にもこれは複数の比較実験で否定的な結論が出ています。
ウォームアップとしての静的ストレッチがケガの発生率を下げるかを調べたレビュー(Small et al., 2008, Research in Sports Medicine)では、4つの比較実験すべてが「静的ストレッチはケガの予防に無効」という結論でした。
ただしこれも、「健康な人が急性のケガを防ぐ目的でやるケース」の話なので、ケガの予防という観点では根拠が薄い、というだけであって「だからやるな」という話ではないですよね。
ケガの予防という意味では、ストレッチよりも「いきなり無理をしない(負荷を上げない)」という漸進性の原則や、補強トレーニングで筋力・耐久性を高める方向性の方が根拠は厚いのかもしれません。
その話は『トレーニングの7原則をマラソンに応用する』や『マラソンランナーのための筋トレ4種類』という記事でまとめています。
結局、走る前にやっていた静的ストレッチは間違いなのか
「静的ストレッチは良くない」という話を聞いて動的にストレッチ切り替えた自分の経緯を振り返ると、根拠をよく理解しないまま変えていたのだなと気づきます。
同じストレッチだったら、動的ストレッチの方が効果的に走る準備を整えられる(エンジンを温める、バネのスイッチを入れる)いうだけで、よっぽど長時間伸ばしているのでなければ、間違いというわけではないといったところでしょうか。
体をほぐす静的、エンジンをかける動的。この役割の違いを理解した上で、自分なりのバランスを見つけていこうと思います。
結局のところ、ストレッチに正解を求めるあまり神経質になる必要はなさそうですね。

ストレッチはネコもよくやるけど、普通に気持ちいいのニャ
※本記事の内容は一般的な情報提供を目的としたものです。個人差があります。ケガや身体の不調がある場合は、医療機関にご相談ください。

