「刺激を入れる」って結局何をしているのか|ちゃんと言語化してみた

調べてみた

読了時間:約6分 / 対象:練習の意味を理解して走りたい中級ランナー

「今日はこのペースの練習で別の刺激を入れよう」「明日はレースだから前日の刺激入れをしよう」。

ランナーの会話にはよく「刺激」という言葉が出てきます。なんとなく意味はわかるのですが、いざ説明しようとすると難しい言葉です。

というわけで、この言葉が意味するところを調べてみました。


「刺激を入れる」という言葉の正体

まず生理学では、刺激(Stimulus)を「生体の内部または外部環境の変化であり、検知されると生理的反応を引き起こすもの」と定義しています(Wikipedia, Stimulus physiology)。これだけだとなんのこっちゃよくわからんと思いますが、強い日差しを浴びると肌が日焼けする、あの「紫外線」が刺激です(メラニンの生成が反応)。

トレーニング科学ではこれを応用して、「練習すると体にストレスがかかり、回復を経て前より強くなる」という趣旨で刺激という言葉が使われているようです。ただしこの考え方は1930年代のラットを使ったストレス実験が起源で、運動への応用は1950〜1980年代のスポーツ科学者たちによって持ち込まれたものです。運動への応用が本当に妥当かどうかは今も議論が続いているとのことです。

つまり「刺激を入れる」という言葉は、もともとは運動とは別の文脈で生まれた複数の概念が混ざり合ってできた言葉で、運動生理学の教科書的な定義があるわけではなさそうです。

2つの異なる刺激

さらに、調べてみると同じ「刺激」という言葉を使いながら、「練習の刺激」と「レース前の刺激入れ」では目的も体に期待する反応もまったく異なるということが見えてきました。

一つは「体を作る刺激(長期的)」。もう一つは「体を起こす刺激(即時的)」です。


体を作る刺激(長期的)

日々のE・M・T・Iペースでの練習は、体の構造そのものを変えることを目的とした刺激です。効果が出るまでに数週間〜数ヶ月かかり、休養を挟みながら少しずつ体が変わっていきます。

各ペースが体に送っているメッセージはダニエルズ理論に基づきトレーニングの心得でも整理していますが、生理学的な観点で言うと以下の通りとなります。

Eペース(イージー)は、低〜中強度の有酸素運動です。継続することで筋肉内の毛細血管が発達することが報告されています。毛細血管は筋肉に酸素と栄養を届けるインフラで、地味な練習ですが有酸素能力の土台を整える役割を担っています。

MペースやTペース(マラソン・閾値)あたりの強度では、乳酸を再利用する代謝能力を高める刺激になると考えられています。閾値の概念でも触れていますが、乳酸はエネルギー源として再利用できるもので、その処理能力が上がると同じペースをより楽に維持できるようになります。

Iペース(インターバル)は、最大酸素摂取量(VO2max)を高める刺激です。エンジンそのものを大きくするイメージで、速筋線維(TypeII)を繰り返し動員することで筋線維タイプの適応にも関わってくるとされています。

CVペースはCVトレーニングで詳しく書いていますが、IペースとTペースの中間に位置する強度で、代謝と心肺の両方に刺激を入れられる練習です。

これらはすべて「体に今のままではだめだというストレスを与え、回復を経て構造そのものを変える」という同じ考え方の上にあります。強度が違うと、体が受け取るメッセージが変わるということです。


体を起こす刺激(即時的)

一方、レース前日や当日のアップで行う「刺激入れ」は、まったく別の目的を持っています。

体を作り替えるためではなく、すでに出来上がった体を「すぐに動けるモード」にすることが目的です。生理学的には2つの観点から説明できます。


神経系の観点では、脳から筋肉への「速く動け」という電気信号の通り道を準備するという話があります。事前に強めの運動をしておくと、その後しばらくの間、筋肉がより大きな力を出しやすい状態になることが知られています。ただし効果は概ね12分以内に消えるとされており、マラソンへの直接適用には慎重な見方もあります。


代謝系の観点では、事前に体を動かしておくことで、運動開始直後から酸素をうまく取り込めるようにする効果が複数の研究で報告されています。エンジンを暖めておくようなものですね。ただしこれも当日ウォームアップとしての知見が中心で、前日の刺激入れが翌日に効くかどうかは不明です。


どちらの観点も、マラソンという長距離種目への直接効果を示した研究は限定的です。


2つの「刺激」の違い

項目体を作る刺激体を起こす刺激
目的適応(体の作り替え)活性化(呼び起こし)
ターゲット毛細血管・ミトコンドリア・筋線維神経伝達・血流・酸素摂取効率
時間軸数週間〜数ヶ月数分〜数時間

言葉は同じ「刺激」でも、練習の刺激は「変化」を求め、レース前の刺激は「確認」を求めています。

「この練習の目的は何か」と常に問い続けることが大切だという話は、ダニエルズ博士の言葉としてトレーニングの心得にも書いていますが、生理学の言葉で整理してみると、その問いの意味がより具体的に見えてくる気がします。


※本記事は著者の個人的な解釈と文献調査をもとに構成しています。医学的なアドバイスではありません。


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